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今宵、星を掴む
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 1949年11月3日 長江南岸  
 
 梶谷洋一皇国空軍少尉が急増の野戦飛行場から離陸したのは30分前のことだ。低く雲がかかった空は、高度4000メートル付近からでは地上を見通すことができなかった。彼が搭乗している四式戦闘機疾風二型、通称疾風改の任務を考えれば、コンディションが良好とは言い難かった。
 梶谷は1945年に編成された空軍で訓練を受けて配属された、最初の世代の1人だった。新田原の空軍士官学校で制服のアイロンがけから、上下関係、儀礼を叩きこまれ、1947年に任務に就いた。そして、1949年9月、国連軍の一員として中国大陸に派遣された。
 戦場に出てから約2ヶ月の間、20回以上の出撃を経験し、戦場の空気を掴んだ気になっていた。アメリカ本土からの増援や日本の派遣部隊が中心となった国連軍の第2陣が、中国大陸の戦線に投入されてから、戦況が好転していることも彼の気持ちに余裕を持たせていた。このまま年末までには戦争は終わるかもしれない、そう思わせるほど国連軍の進撃は順調だった。その一方で、出撃の度に所属部隊から消えていく同僚の影が、軍隊の秩序に対して疑問を抱かせていた。今回の出撃の直前のやり取りが、それをさらに助長させていた。
 
 レーダー管制を受けた正確無比な対空砲火から逃れる方法は、飛行高度を地面すれすれまで落としてしまうことだ。これまでの攻撃計画はすべてその経験則に基づいて策定され、搭乗員たちに伝えられている。
 しかし、ソ連赤軍の師団編成をそのまま取り入れた中華ソビエトの前線部隊には、戦車連隊ごとに自走対空機関砲が中隊規模で配備されており、低空突入した僚機が弾幕の火線にからめとられるのを梶谷は何回も見てきた。そのたびに、原則が正しいことは分かっていても、低空突入特有の危険性を考慮しない攻撃計画への疑問は増していった。
 今回の出撃前ブリーフィングで、梶谷はその点を作戦参謀に質問した。しかし、参謀からは攻撃計画に従えという返答があるのみだった。さらに質問を重ねようとすると、上申書を書いてから来いと止められてしまった。同僚たちの視線も冷ややかだった。特に制空戦闘を行う戦闘第三四三航空隊(三四三空)の面々の中には、自分たちの仕事にケチをつけられたと思ったのか、椅子から腰を上げている者もいた。まだ新任の少尉に過ぎない梶谷が、それ以上、言葉を重ねるのは無理な雰囲気だった。第2次世界大戦を生き残り、海軍基地航空隊から空軍へと移籍したベテランパイロットで構成される三四三空の影響力は、隠然として中国派遣航空集団の中に広がっていた。
 梶谷の所属する戦闘爆撃第六五三航空隊(六五三空)は、結局、いつもの通りに攻撃を行う事となった。
離陸した梶谷は、翼を振って愛機を小隊長の左側へと位置付けた。小隊4機編成が正規編成だったが、今回の出撃では小隊
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