第三章
[8]前話
「百万の兵を預ける、忘れるでないぞ」
「畏まりました」
大谷は感極まるものを堪えながら秀吉に応えて平伏した、彼にとってこの言葉は忘れられないものだった。
それでだった、関ヶ原でもだった。
刎頚の友と言うべき石田にだ、まずは彼にこう言われた。
「まさか御主が来てくれるとはな」
「今も信じられぬか」
「うむ、よいのじゃな」
「よい、御主とわしの仲だしな。それに」
「それに、か」
「わしは殿下に言われた」
秀吉、彼にだというのだ。
「百万の兵を預け思う存分戦わせてみたいとな」
「あのことか」
「知っておるか」
「聞いた、殿下は御主を見ていてくれたのじゃな」
「そのうえで言ってくれたからな」
それで、と言う大谷だった。
「忘れられぬ、それ故にな」
「こうして来てくれてか」
「わしも戦う、百万ではなく十万の兵だが」
西軍の兵だ、対する東軍もそれだけいる。
「暴れてやるわ」
「頼むぞ、ではな」
「さて、明日じゃな」
今は夕暮れだ、布陣しただけである。もう夜になるので夜襲の心配はあるが大きな戦になる心配はなかった。
それでだ、大谷はその明日のことを言うのだった。
「明日決着を着けるぞ」
「内府とな」
家康を、というのだ。
「そうしようぞ」
「思う存分戦う、殿下にもお見せする」
頭巾の下で笑ってみせてだ、大谷は石田に言った。
「わしが殿下の御言葉通りに出来るかをな」
「そうして勝つか」
「そうする、御主は天下は欲しいか」
大谷は石田の目を見て彼に問うた。
「内府の様に」
「馬鹿を言うな、天下人は既におられる」
「秀頼様だな」
「そうじゃ、わしは秀頼様をお助けするだけじゃ」
これが彼の考えだった、その言葉には淀みがなかった。
「それは御主も知っておろう」
「確かにな、御主は人から何かを奪う者ではない」
「そもそもそうした野心はないわ」
「それはわしもじゃ」
大谷自身もというのだ。
「だからじゃ、ここは太閤様そして秀頼様の御為にな」
「百万の兵を持ったつもりで戦うか」
「その用兵しかと見ておれ」
「そうさせてもらおう」
石田は大谷に対して確かな笑みで答えた、そうしてだった。
大谷は思う存分戦いこの関ヶ原で腹を切った、敗れはしたがその用兵の見事さは今も言い伝えられている。秀吉に百万の兵を預け思う存分戦わせてみたいと言われた彼はその言葉に相応しいものがあったと言えるだろうか。
百万の兵 完
2014・5・23
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