「魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―」の感想

ザート098
ザート098
 
コメント
ジークさいかわ……はっ! こ、更新お疲れ様です。

今回は決着ということで1ラッシュKO。勝てて良かったです!
お互いに力を出し切っての決着で、ある種の清々しさを感じました。クラナの得意魔法である加速を封じて自分の戦い方をしっかりとIMという大舞台で実践できたレイリー。そしてその戦い方の隙をついて流れを一気に引っ張って勝ちを手繰り寄せたクラナ。正直言ってどっちが勝ってもおかしくない試合でした……。

男子の部というオリジナルでヴィクターとジークを出してくるセンス……感服しております……。二人の解説はかなり分かりやすく、いつまでも聞いていられるような気がして……w
兎にも角にもまじめなジーク、恥ずかしがるジークとみられて大満足です!!

何かを楽しむ。これがクラナにとっては格闘技で誰かと戦っている時。どんな逆境に立たされてもそんな心の持ちようが大切なのかもしれませんね……。まあ、クラナの場合は、ただ単純に楽しいが抑えきれなくなっているだけなんでしょうけども。

ヴィヴィストは面白かったですね! なんだかんだ言って毎週見てましたw

ここからは別の話ですが、(前の感想から)なのはとフェイトとヴィヴィオたちを同列に見るのは確かに出来ないですよね。鳩麦さんから気づかされました……。人間十人十色。子供と大人。人それぞれで何を経験するかは、まったく同じわけではなく、むしろ違っていることのほうが多い。それが人でした。
なのはとフェイトでも何から何まで全く同じことを経験しているわけでないし、それはクラナにもヴィヴィオにも言えることでみんなに言えることですね。

確かにまだヴィヴィオはクラナに対して積極的に行動を起こしてはいないですね。距離感がつかめていないのもあるけど、果たして自分がクラナの世界に踏み込んでいいのかというどこからか来る負い目も感じられます。なのははやっぱりなのはらしいですねw
自分が一番に声をかけたかったのに、ジークたちに先を越されて拗ねてしまって年下のクラナに慰められる。いつものなのはだなあって感じ。
ジークはやっぱり二人の一歩前を歩いていますね。確かにクラナの過去を知らないけども、それでもいいんじゃないですかね。過去はその人を構成する一部にはなるけど、総てではない。今があって、未来を見据えて、現在を生きる。家族と友人は違うけど、クラナとジークの二人は唯一無二の友達になれる。そんな気がするのです。

とか、かなり臭いこと書いてますねww 少し想像しすぎました。要するにかわいいジークがみられて満足なのですよw

さて、次はどうなるのでしょうか。引き続き男子の部が見たいなあって気持ちもあるけど、戦うジークが見たいという気持ちもある。とりあえず、次の話を待つことにします……。
更新お疲れさまでした。次ものんびり待ってます! 
作者からの返信
作者からの返信
 
じーくさいかわ!(挨拶)感想ありがとうございます!

まさしく「どちらが勝ってもおかしくない試合」を意識して綱渡りのような試合を書いたので、そう想っていただけたのなら我が意を得たりですなw

元々、原作によろしく、要所に解説を入れてくれるキャラクターが欲しいなーと思ってなのはやフェイト、ヴィヴィオ達を起用していたのですが、せっかくクラナの試合を楽しみにしているというフラグを立てておいたので此処で一度存在感を出しておこうかなとw
割に原作にはないジークの面を想像してかけるのはとても楽しいので、この先にもたまには出していけたらなーと思っております。

好きこその物の上手なれ、とはよく申しましたもので、「楽しい」と言う気持ちは苦しい時もその時期を乗り越える最強の原動力になると思っております。楽しかった記憶や、「此処を乗り越えれば楽しい」という事を知っているというその事実その物が、エネルギーになって前に進む力になるわけですね。ちなみにクラナの場合は、そう言う小難しい事どうでもよくてとりあえず楽しいだけですww

それぞれの人物には、それぞれの立場とそれぞれの物の見方があり、それに基づいてクラナに対する視点、接し方、考え方が決まっていくように、クラナの側から見た世界もまた、クラナからの視点によってその世界が変化していく、おっしゃる通りです。

負い目、と言う意味でヴィヴィオの意識が今強くなってしまっているので、一章からは結果としてもモチベーションがなのはと逆になってしまっていますね。ただきっかけを作ったのは紛れもなく彼女であり、そこは間違いない事実なのです。
今回のなのはは、いつものお母さんなのはよりもちょっと子供っぽい事してましたねwというのも横にフェイトちゃんしかいないと思っていたからなのですが、流石にうかつだろう教導官w

そうですねー、強いて言うならばジークとなのはヴィヴィオは、「同じ道」を走っていないというのがわかりやすいかもしれません。所謂、「大切さの方向性」が違うんですね。過去を飲み込んだうえで大切にしたい人たちと、今の関係として大切にしたい人達、そこにはやはり、クラナの側から見た視点というのがあるわけです。

さて、もう少しの間、男子の部の話が続きます、こんなペースですからいつジークの試合に到達できるのか、不安はありますが、動画気長に待っていただければ幸いです。
ではっ!